丸尾孝俊(兄貴)氏の本。

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(バレないように)
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コメント

  1. 山田直樹 より:

    【第1話】 謝る

    ――とある日の、深夜29時。

    兄貴と話しながら、僕は、日本のことを思い出していた。

    本当は、もう1〜2週間、早く兄貴に会いにくる予定だった。それができなかったのは、僕が仕事の「ミス」をしたからだ。そのミスの事後処理に追われてしまい、バリ島への渡航の予定がズレてしまったのだ。

    僕は、取引先数社に請求書を送った際、「単価の記入を間違う」という大きなミスをおかした。取引先の会社がすぐにミスに気がつかなければ、会社にも、取引先にも、さらに大きな問題に発展したかもしれない。もちろん、「僕に割り振られた仕事の量」が多すぎ
    るのも原因なんだけれども、僕の上司からは、相当、こっぴどく怒られた……。

    「あの…、兄貴。僕は、仕事でミスをしてしまったとき、『自分が悪かったこと』を素直に謝れないときがあるんです。当然、自分が悪いのはわかっているのですが、会社の仕組みが悪かったりする部分もあるわけで…。つまりは、やっぱり怒られるのが嫌で、ついつい言い訳を考えたり、責任転嫁をしてしまいます。そういうズルいところがあるんですよね。基本的には、謝るのって、やっぱり、みんな嫌じゃないですか」

    兄貴は、カップラーメンから顔を上げると、ニッと笑って、得意げに言った。

    「あのな、いっちゃん。おそらく、いっちゃんは、『なんとか誰かの責任に転化できないか』、『うまい言い訳はないか』そればっかり考えとるやろ」

    ……図星だ。

    「あのな、いっちゃん。当たり前やけれど、悪いことしたら、ちゃんと謝らなアカン。それでな、完〜全に徹底的に謝ってこそ、やっと『帳消しのゼロ』になるんや。それでな、謝れないというのはな、実は、『悪いと思っていないから謝れない』のではないんや。それとは、違う理由があるから謝れないんやて」

    「兄貴、それは、どんな理由ですか?」

    兄貴は、鋭い眼光で、こちらをグッと見た。

    「それはな…、『自分に信用が足りないと思うとるから謝れない』というのが、本当のところなんや。そんでな、実は、逆に謝ったほうが信用が上がるんや」
     兄貴は、完全に、ニッと笑った。

    「兄貴、信用が足りないと思っていると、どうして謝れないのですか?」
    「自分に圧倒的に『信用』があるんやったらな、たとえ、相手に謝っても、全然、自分は傷つかへんやろ。自分に圧倒的な信用があれば、謝られたほうだって、受け入れてくれるわけやから、へっちゃらプ〜で、謝れるわけや」

    「…なるほど」

    「それでな…、今現在、自分に信用がないと思っていても、勇気を出して、謝るんやて。謝るからこそ、『この人は自分の悪いところを認められて、さすがやなぁ』と、さらに信頼が上がるんや。ウソをついたり、言い訳ばっかりしたり、他人のせいにするヤツより、『潔く非を認めて謝るヤツ』のほうが、間違いなく信用されるんや」 兄貴は、「ヤバイで、オレ、ごっついええ話してもうたわ」と言うと、ニッと笑った。

    「……兄貴、確かにそうですね、そう思います」

    「しかもな、さらに、すごいオマケもついてくるのや。自分が『失敗や、失敗や、本当にすまなかった』と謝っても、そこまでこちらが潔く謝ってしまうとな、『失敗』ととらない相手がいてくれるんや。『なに言うてんの、そんなん成功のうちやで』と言うてくれる
    やさしい人もおる。『いつもはしっかり仕事をする人やから、今回はなにか事情があって、ミスをしたのかもしれない』と、逆に、かばってくれる人もいるんや」

    「兄貴。けれど、謝ってしまうと、『自分が悪い人間だ』と認めてしまう気がしませんか? それがいやで、僕は、謝れないんです。だって、自分では、誠心誠意、頑張ってやったつもりなんです。それが、たまたま失敗しちゃっただけなんです」

    兄貴は、さらに、二口、ズルルルッ! と、カップラーメンをすすって、こう言った。

    「そこやねんて。謝ったからといってな、自分がやったことが『悪い』とは限らないやろ。『たまたま間違うただけ』かもしれんやんか。手抜きをするのは論外やけど、『一生懸命やった上での間違い』は誰にでもあるねんて。オレに言わせたら、そんなもん『間違うとって当たり前』やで。なんせ、人のすることなんやで、『いつも、やることなすことパーフェクト炸裂の人』なんて、どこにおるねん」

    兄貴は、「のう?」っと言うと、ニッと笑った。

    「では、兄貴、上手な謝り方はありますか? どうやって謝れば、信用が増えるのでしょう?」
    「実は、これには強烈な『必殺技』があるんやけれど、いっちゃん、それ知りたいか?」
    「はい、兄貴…」

    兄貴は、グッと身を乗り出して言った。

    「それはな…、できるだけ大勢の人の前で謝ることや」
    「え、それだと、みんなに、みっともないところを、見せてしまいますが…」
    「だから、やるんやて。あのな…、迷惑をかけてしまった本人の前で頭下げてるヤツは、それでも、まだ、割といてるねん。AさんがBさんに迷惑かけたら、AさんがBさんに謝るとかや…。これが普通やろ」
    「はい」
    「せやけどオレなら、完〜全に違うで。失敗したら『しめた!』とばかりに、バコーンと大勢の前で頭を下げるよ。『完全に、オレが悪かった、本当に、すまん』って。あ〜、これが完〜全に100点満点の謝り方やな」

    兄貴は、完全にさわやかに、ニッと笑った。

     「兄貴、そう謝ると、どうなるのですか?」

     「そんな、潔さ炸裂の謝り方しちゃったらな、全員が、『この人は自分の悪いところを認められてさすがやなぁ』と思ってくれるわけやから、『なに言うてんの、そんなん成功のうちやで』って、みんなが口をそろえて言ってくれるよ。そんなに潔く謝れる人のことをな、『そうだ、そうだ、オマエは失敗した!』って、大勢の前で責めれる人はいないんやて。これこそ、ホンマもんの謝り方や。謝るときはな、思い切って『できるだけ大勢の前で謝れ』が正解やねん」

    兄貴は、ズルルルッ! とカップラーメンをすすると、ニッと笑った。

    「じゃあ、いっちゃん、聞くけど、『謝る人』と『謝らない人』なら、いっちゃんは、どっちが好きやねん?」

    「僕が好きなのは、謝る人ですね、やっぱり……。それも圧倒的に」

     「せやろ? ということはや……。ようするに『謝らない人』よりも『謝る人』のほうが、みんな好きだってことやねん。なぜ、謝る人の方が好きかというと、それは、『謝ってくれる人』=『間違いを認められる人』=『信用できる人』っていう置き換えが成立するからなんや」

    「兄貴、確かに…。『間違いを認められる人』=『信用できる人』って気持ち、わかります。だって、あきらかに間違っているのに認めない人は、やっぱり信用できないですし…。やっぱり、そういう人って、特に、会社の上司とかだと、すごく多いんです」

    兄貴は、「せやろ」というと、さらに、ズズズズッ! とカップラーメンをすすった。

    「いっちゃん、リンカーンって知っとるか? アメリカで、一番、人気のあった大統領やねん。当時、アメリカが南北に分かれて戦った『南北戦争』ゆうのに勝ってな、『奴隷解放宣言』をした人や」
    「も、もちろんです。リンカーン、有名すぎますよ」
    「あのリンカーンがな、後の人々に、『リンカーンの偉大な謝罪』と言われている事件があったんや」
    「兄貴、知りたいです」

    「あのな、アメリカの南北戦争の最中にな、スコット大佐という人が、事故で死んでしもうた奥さんの『葬式』のために、休暇が必要になったんやけれど、上官が『休暇をとってはダメや』というたんや」

    「はい」

    「それでな、上官の上官である、リンカーン大統領のところに、直接、相談に行ったんやけれど、『君のような状況の人はいっぱいいてるし、上官がダメ言うたら、ダメや。戦争に勝つことが、君の仕事だ』と、リンカーンは言い放ったんや。まぁ、そら、大統領やから、ごっつい、忙しかったんやろな」

    「そうでしょうね」

    「それでな、スコット大佐は、しかたなく宿舎にもどったんやけれど、翌朝、なんと、リンカーンがスコット大佐の宿舎を訪ねてきたんや。それで、スコット大佐の手を握るとな『昨日はあまりにも疲れていて、国のために戦い、妻を失ったキミにする態度ではなかった。一晩中、後悔したが、謝りに来た』と言うて、謝罪しよったんや。しかもな、スコット大佐が奥さんの葬式へ行けるように、いろいろ手を回してくれたんや。リンカーン、ちゃんと謝る人で、さすがやなぁと、大勢の人の信用を得たんやて。どや、リンカーン、やりよるやろ?」

    「兄貴、リンカーン、やりますね」

    兄貴は、得意げな顔をして、ニッと笑った。

    「せやからオレは、バリ島で『兄貴セミナー』とかを開いてもらって、人前で話すときはな、のっけから『今日はみんなに謝らなあかんねん』とか言って、意図的に謝ることがあるんや。相手の信用を得るために、いきなりわざと謝ってしまうんや。そりゃ、セミナーを聞きに来た相手も戸惑うわな、『いや、なにが? 兄貴、いきなり、なにを謝っちゃっているんですか?』みたいな」

    「兄貴、謝るって、なにを謝るのですか?」

    「『遅刻したこと』について謝るんや。じつはオレ、わざと遅刻することがあるんや。遅刻はさ、謝りやすいやろ。実際、バリ島は一本道が多いから、よう道が混んでいることもあるし、混んでなくても、会場に到着する手前に、なんとラーメン食べちゃってみたりするわけや」

    「え、ラーメンですか?」

     「せや。セミナー会場の数キロ手前で、突然、ラーメン屋の前にバコーンって車止めてな、『おい、ラーメン3つ!』って注文すんねん。ほんなら、同行しているスタッフがそわそわし出して、『あの、兄貴、ラーメンなんて頼んじゃって、絶対、セミナーに間に合わないと思うんですけど、大丈夫ですか……。兄貴、みんなが待っているんですけど。遅刻しないほうがいいと思うんですけど』って。でもな、遅刻するほうが、最終的によかった部分が多いこともあるんや」

    「兄貴、どうしてでしょうか? 相手を待たせているわけですから、遅刻をしてはいけないと思うのが普通ですよね」

    兄貴は、得意げに、ニッと笑いながら、話を続けた。

    「遅刻して、会場に到着したら、そら、一発目にバコーンと謝るねんで。『あ〜スーパーウルトラ大遅刻が炸裂や。30分も遅れてしもた。みんな本当にすまん。もう、これは、完全にみんなにお詫びをしなきゃならん』って。そうすると、どうなるか」

    「兄貴、どうなるのですか?」

    兄貴の目が、ギラリと光った。

    「そら、オレが悪くて、会場の全員が正しいんやから、みんな気持がよくなるんや。せやろ。それでな、みんなは『謝る人』が好きなんやから、『この人は言い訳をしない人だ。この人は信用できそうだから、親しくなりたい』と思うようになるやんけ」
    「確かに、そうですね」

    兄貴は、ニッと笑うと、カップラーメンを、もうひとすすりした。

    「けれどお偉い先生とかはな、遅刻してきても謝らないわけや。『言い訳』というのをクドクドしてしまうわけやな。するとな、謝らないということはや…、偉い先生である自分の方が正しくて、ちょっと遅れてきたことに腹を立てている会場のみんなが悪いって言っているようなものやから、『こんな謝らないやつは信用できないし、近寄りたくない』と、みんな思うやん」_

    たしかに、いくら偉い先生でも、待たされているほうは「イラッ」としているわけだから、なにかひと言くらいは「謝ってほしい」と思うはずだ。それは、どんな偉い先生であってもだ。
    あ…、でも、「謝る↑↓謝られる」が、逆の立場だったら、どうしたらいいのだろう?

    「兄貴、もし、逆に、兄貴が謝られる立場だったとします。謝られたら、相手を許すべきですか?」

    兄貴の目が、ギラリと光った。

    「『許す』が正解やね。『許す』っていう感情から遠ざかってはいけないんやて。『許す』は、人間を続けていく上で、ものすごく大切なんや、本当にそう思うわ。それにな、きちんと謝れば、ほとんどの人は許してくれるもんなんやて」

    「そうですね、確かに。本当に、言い訳をせずに謝ったら、きっと許してくれますよね」

    「せやからな、いっちゃん。仕事でも、人間関係でも、うまい言い訳とか考えたり、なんとか取り繕うたりせずに、バコーンと謝ったらええねんて。そしたら、みんな『謝る人』が好きなんやから、『この人は言い訳をしない人だ。この人は信用できる』って思われるんや。どや、これ、完〜全にさわやかやろ?」
     
    兄貴は、ニッと笑うと、残りのカップラーメンを、すさまじい勢いで平らげ、「アカン、完〜全に腹割れそや」と言って、スリスリと、おなかをさすった。

    【兄貴の教え 第1話】

    「謝る人」は、好かれるし信用される。

  2. 山田直樹 より:

    【第2話】オフェンス7

    ――とある日の、夜20時。

    ヌガラの街から戻ってくると、もう、夜の20時になっていた。

    リビングには、昼間にいた数人の日本人が、やはり、パソコンをいじったり、テレビを見たりして、兄貴の帰りをまちわびていたようだ。

    「おぉ、みんな、待たせて、すまんかったのう」と兄貴は言って、さっき銀行でおろした「ルピア」と「円」のお金をグイッとサイフに押し込むと、日本円でおそらく、300万円は入っているであろう、「カルティエの極厚ワニ革サイフ」を、ボンッとテーブルの上に置き、ニッと笑った。
    すぐに兄貴の近くに、みんなが寄ってきて、さまざまな質問を兄貴にぶつけていた。
     兄貴、人気があり過ぎて、ハードだぜ。
     
    そうこうするうちに、時間は、深夜24時に。

     NHKが、「EU(ヨーロッパ連合)の財政破綻危機についてのニュース」を報じていた。
     EUの国々が、本格的に財政破綻してしまったとしたら、世界経済はどうなるのだろう? おそらくは、日本の経済にも深刻な影響を及ぼすのだろう。「リーマン・ショック」が再現されるのだろうか……。正直、僕にはわからない。新興国で暮らすウルトラ大富豪の兄貴は、世界経済の状況をどう思っているのだろうか。
     僕は、周りの日本人たちの「質問」が一段落したところをみはからって、兄貴に質問をしてみた。
    「兄貴、漠然とした質問ですが、これから、世界経済は、いったい、どうなってしまうのでしょうか?」
     兄貴は、眉間にシワを寄せると、グッとこちらを見た。

    「せやな…、これはもう、完〜全にアカンねんな。これからはもうな、正直、先進国には期待できないと思うわ。EUの27カ国のうちな、4カ国は特にヤバイねんけど、こいつらがパコーン財政破綻なんかして、経済が吹っ飛びよると、ドルもユーロも円も、先進国通貨は、軒並み『値下がり』して駄目になってしまうわな。で、そのあとの世界の動きはどうなるかなんやけどな……。極端なこと言うたらな、『イスラム教』の国々が勢いを増してくるかもしれないんや」
    「…はい」
    「『G8(主要8カ国首脳会議)』もな、オレに言わせれば『ええ加減にしとけ』と言いたいんや。世界に何カ国あると思うとんねん。195カ国やで。それを、たったの8カ国で話し合ってな、なんとかなる話と、ちゃうやろ。そんなん、完〜全にその8カ国の都合のいいようになってまうやんか」
    「…確かにそうですね」

     兄貴は、タバコを取り出すと、カチンッと、ジッポーライターで火をつけた。

    「そんでな、イスラム教徒の国々が、もし、団結力を持って世界経済を動かしはじめたとしたらや……、G8なんかバコーンとぶっ飛んでしまうかもしれないレベルの破壊力やで。ということはや、イスラム教徒の国々に入っている、インドネシア、マレーシアなんかの東南アジア、インド、中東諸国、アフリカに至るまで、イケイケどんどんになって、世界経済を引っ張っていく可能性はあるよ。なにしろ、この新興国たちは、『高度経済成長期』が、これからやってくるんやからな」
     兄貴は、バフ〜とタバコの白い煙をふかしながら、ニッと笑った。

    「となると、高度経済成長が終わってしまった先進国は、これからピンチなんですか?」

    「そら、先進国はフルラインナップで、軒並みピンチ炸裂やで。これからの世界の動きを決めるのは、新興国かもしれないんや。『新興国』だと思って、なめていたりしていると、10年後にエライことになるで。先進国は、そら、新興国にスライデングで土下座するぐらいの勢いで、頭下げなきゃいかんようになるかもしれんで」
     兄貴は、得意げな顔をして、ニッと笑った。

    「たとえばや。オレは実際には『貯金』というものはせずに、お金をどんどん投資してるんやけどな…。もし、どこかの国の銀行にお金を預けるとするならばや……、オレなら『日本での貯蓄』はせんなぁ。貯金するとするなら、バコーンと『新興国の通貨』やろな」

     兄貴は、モワモワと、白い煙を、口の周りにはき出した。

    「たとえばな、エネルギー資源という燃料を持っているとか、備蓄できる食糧となる食べ物を持っているとか、これから高度経済成長期を迎えるとか、こういうところの通貨を貯蓄するのならええんや。そういう国は、自国の通貨の価値が上がるからやねん」
    「なるほど…」
    「せやけどな、欧米諸国や日本をはじめとする『先進国通貨の貯蓄』は、これからはダメやな。先進国はフラフラで、期待ができん。これから通貨の価値は、さがっていく一方やねんて、まぁ、見てろや…」

     兄貴は、眉毛をグッと吊り上げて、ニッと笑った。
    「なるほど、それが、これからの、世界経済の動きなのですね」

    「オレもな、いっちゃん…。一応、『日本の円』も持っているんや。持っているんやけれど、それは、しかたなしに…、やねん。『日本との取引』ゆうのがあるからや。でもな、それがないのなら、もう『円』は持たんよ。たとえ、日本円で10億円貯金があったとしてもや…、円の価値がバコーンと下がったら、こっぱみじんで、一発アウトやねんて。したがって、これからは、『新興国の通貨を持つ』というのがひとつの王道やねんな」
     
    兄貴は、「あ〜これ、完全に間違いないで」と言うと、ニッと笑った。

    「……たしかに、兄貴。運転手を務めてくれたマデさんを見て、僕は思ったんです。なにしろ、空港からヌガラ地区まで、3時間運転しっぱなして、ケロッとしているんですよ。日本では、あんなに真剣に、あんなに文句を言わずに運転をする人はいないんじゃないかって。『ツライ』とか、『イヤだ』とか、『休みたい』とか、言って、手を抜く人のほうが圧倒的に多いと思います。もう、なんというか、根本的に、根性が全然違うのですよね」

     兄貴は、タバコの煙をはきだすと、目をギラリと光らせた。

    「あのな、いっちゃん。うちの会社の従業員でな、おもろいのは、施工でもなんでもそうやけど、たとえば、デパートやホテルの駐車場なんかを大工事するときはな、なんと、『朝6時』からスタートをかけるんや」

    「え…、朝6時スタートですか」

    「けどな、オレはなにも言うてないんや。『朝早くからバコーンはじめろ』とか、ひと言も言うてない。社長がな、社員になにかを言ったわけでもないねんて。社員たちが自主的にやっているんや。それはなんでかいうたらな、『必死のパッチでやって、その日中に終わりたいから』や。これ、かなりエライと思わへんか? そら、完〜全に、根性入っとるで」
    「今の日本と、今のインドネシアを比べたら、国民ひとり一人の根性と気合が違いすぎる気がしました。もちろん、インドネシアのほうが気合い十分です」

    「せやろ。エネルギーと根性が、完〜全に違うんや。インドネシアの人たちは、ヘタしたら日本人よりも『ご飯』食うてないかもしれん。それなのに、早朝から夜中まで、バコーンと頑張れるんや。それは、目的や目標がガツンとあるからなんやな」
    「兄貴、インドネシアの人たちは、どんな目標を持っているのです
    か?」

     兄貴の目が、ギラリと光った。

    「やっぱりな、本気で『豊かになりたい』と思うてるんや」
     兄貴は、完全に言い放つと、ニッと笑った。

    「ようするにや…、貧乏はいやでお金持ちになりたいねんて。ここが日本と大きく違うんや。豊かになりたければ、どうしたらええか? 決まっとるがな……。それは『オフェンス(攻撃)』なんやて。凸凹やったら『凸』のほうで生きなきゃならん。ようするにな、攻撃力が大事なんや」
    「攻撃力ですか…」

    「せや。ところが日本人はどうや? 全員、『ゴールキーパー』で、守って守って守りまくっとるがな。ディフェンスばっかりやねん。そんなんで成功するはずないやろ」
    「確かにそうですね、兄貴」

    「そや。成功したいのならばな、お金持ちになりたいのならば…、希望とか、夢とか、豊かさを手に入れたいならば…、攻めて攻めて攻め込まなければダメやねんて。たとえばサッカーだって、ずっと守ってばかりでは、点がとれずに、いつかゴールを決められて、負
    けてしまうんや。せやろ?」

    「…確かに、ずっと守っていては、成功はしないでしょうね」

    「それなのにや…、守ってばかりで、だれも動かないやろ。それぐらいに日本では、『全員が中流』という『ある程度の豊かさのぬるま湯』につかりきって飼いならされているんやて。もう、完〜全に、会社の歯車になってんのやて。せやろ?」
    「確かに、日本人は、『全員が中流』で、ある程度、全員、豊かだから、今よりがんばろうという気持ちが弱いのでしょうね」
    兄貴は、バフーっと、タバコの煙をはき出すと、目をギラリと光らせた。

    「せやから、『オフェンス7』対『ディフェンス3』や。とにかく、攻めて、攻めて、バコーンと攻めていかんと、ほんま、日本は取り返しがつかなくなるで、ガハハハハッ!」

    兄貴は、突然、お皿の上にとまったハエを、素手でパコーンと捕まえて、「完〜全にしとめたわ。オレに見つかったら、終しまいや。どや、いっちゃん、これもオフェンス7(攻撃7)の証拠やねん」
    と言うと、ニッと笑った。

    兄貴、すげえ。もしや空手の師範? 素手でハエを捕まえられるとは…。

    【兄貴の教え 第2話】

    ぬるま湯につかっている日本人は、「オフェンス7」にせよ。

  3. 山田直樹 より:

    『大富豪アニキの教え』
    という本の中に
    織り込まれていた紙があり、
    読者限定プレゼントとあった
    未公開原稿をここで載せます。

    第1話 日本人の原点

    ――とある日の、深夜27時。

    今回、一緒に話を聞いている日本人は、いつもより、だいぶ「根性」が入っているみたいだ。
    深夜27時になろうというのに、真剣な表情で、ずっと兄貴の話に聞き入っている。

    どうやら、朝まで残りそうな、そんな「気概」を感じさせる。
    真っ暗闇の兄貴邸の草むらからは、コロコロと、コオロギの鳴き声が、聞こえてくる。

    兄貴は、「ヤバイで、いっちゃん。この時間になってもうたら、やっぱり、必殺のアレやな……」というと、パンッパンッと、手を叩いてお手伝いさんを呼び、人数分のカップラーメンを注文した。

    僕は、「質問ノート」を取り出し、さらに兄貴に質問をした。

    「兄貴、『親孝行』については、僕なりにやれることがわかりました。さらにその先、先祖とか、故郷というものは、どうしていったらいいのでしょうか? 僕自身もそうですが、正直、そのあたりの意識は、今の日本人は、かなり薄れてきている気はします」

    お手伝いさんが、ガタガタと人数分の「カップラーメン」を運んでくると、兄貴は、ズズズッ!と、麺をひとすすりして、言った。

    「あのな、いっちゃん。日本人は、多くの人が、正月になると『初詣』とかするやろ。そんなん、実際にいるかどうかも、ようわからん『神様』のところに行ってな、お礼を述べたり、お願いをしたりするねんて」

    「はい。僕もします」

    「ということはや。日本人は、やっぱり、心のどこかで『神様、信じとる』ねんて。なんか、『自分が悪いこと』したらな、神様にバチ当てられると思うてんねん。せやから、日本人は『サイフ』が落こってても、バチ当たると思うてな、ネコババせずに交番に届ける人が、ほとんどやろ」

    「はい…」

    「これな、会社でごっついエバっている、みんなからの嫌れ者の上司とかがサイフを拾っちゃってもな、交番に届けるねん。それぐらい、みんな心のどこかで『神様、信じとる』ねんて。ようするにや……」

    「はい」

    兄貴は、グッと身を乗り出して言った。

    「日本人の心の中にはな、神様おるねんて。神様はな、人の心の中に宿るもんなんや。『相手を自分ごとのように大切に思う心』こそが『神様』やろ」

    兄貴は、さらに、ズルルルッ! とラーメンをすすると、完全にニッと笑った。

    「心のどこかで『神様信じとる』のにや…、やっぱり、身近すぎると、慣れてしまうんやろな。せやから、おじいちゃんやおばあちゃんに会いに行くとか、ご近所さんにご挨拶するとか、ご先祖さまのお墓参りするとかをな、ないがしろにしてしまうのや」

    兄貴は、さらに続けた。

    「でも、本当はな、故郷に帰れば、ご近所さんとか、親戚たちが覚えていてくれてるねんて。『ワシはおまえのお爺ちゃんを知ってるで、あれな、近所一の悪ガキやったんやけど、立派に先生になりよった』とか、『おまえの親父は、しょっちゅう、おねしょ炸裂やったけど、よう働いて立派な家建てた』とかな、故郷には、そういった『先祖代々のつながり』が息づいているんや」

    「はい」

    「それは、ご先祖様がいいことを積み上げてきた歴史でな、今の自分は、そのつながりを受け継いでいるわけやんか。そして、自分の代でさらによくして、次の世代につなげんといかんのやけれども、今の日本人は、そういう『先祖代々のつながり』=『歴史』を絶とうとしとるねん」

    兄貴は、さらにズズズッと麺をすすると、「うま………ザ・化学調味料が炸裂やな。なにしろ、オレ、『カップラーメンの狼』やからな」と言って、ニッと笑った。

    「でもな、前にも言うたようにな、故郷を大切にしない、ご先祖さまを大切にしない、親を大切にしない、つまり『過去を大切にしない』という現象が、今の日本を危うくしているんや。『過去をないがしろ』にしてしまうヤツなんかに、未来はないと思うねんな」

    「わかりました、兄貴。まずは『過去』、『ご先祖さま』、『親』、そういった、先祖代々伝わる『自分のルーツ』を大切にします。そういう歴史への感謝なくして成長はないのですね」

    「そや。なぁ、いっちゃん。故郷や田舎や地方にはたくさんあって、都会には少なくなってしまったものがある。それはなんやと思う?」

    「兄貴、なんでしょうか?」

    兄貴は、麺をすすりながら、グッとこちらに顔を近づけた。

    「それはな、『伝統』や。都会と違ってな、地方は今でも、かたくなに『伝統』を守ろうとしているところは、たくさん残っているんや。地方に行くと、いまだに、そこいらじゅうで、伝統的な『祭り』とかをやっとるやろ。けれど、地方と都会が交わっていないところが問題なんや」

    「はい」

    「昔の日本はな『田舎で祭りがあって、神輿担がなくちゃいけんから、会社休んでええですか?』と言えば、『あたりまえやがな! しっかり、神輿担いでこい! 神輿を担がんで仕事なんかしとる場合やないで』といって休ませてくれたんや」

    「なるほど」

    兄貴は、ズルルルッ! とラーメンを食べきると、「ヤバイな、これ、完~全にうまいで。余裕でおかわりやな。みんなも、食べるやろ?」と言うと、パンッパンッと手を叩いて、お手伝いさんを呼んだ。

    「ところがや…。今ではそうじゃなくなった。『神輿? そんなもん知るか、アホ。神輿なんかを担いでも1円も儲からんぞ。そんなもん担いでるヒマがあるんやったらな、会社の売りげを担げ』と言い放つんや。いったい、『よき日本の文化』は、どこへいったんやねん」

    「…兄貴、まさにそうですね」

    兄貴の目がギラリと光った。

    「世界中の人々が絶賛する『日本人としての大切な文化』をないがしろにして、つまり『相手を自分ごとのように大切にする心(=つながり・ご縁・絆)』をないがしろにしてな、『グローバル、グローバル』と叫んで、英語ならって、なんでも契約書を書いて、なんでも裁判して、お金第一主義、利益第一主義にしてな、それで、いったい、どこへ行こうとゆうねん。誰を幸せにしようとゆうねん。そんな日本人になってしまってはな、周りの仲間がどんどんいなくなってな、どんどんさみしく一人になっていってな、本当に、日本の未来はなくなってしまうで」

    「…………」

    兄貴は、「ヤバイで、オレ、完全にすごい話してもうたわ」と言うと、ニッと笑った。

    「あのな、いっちゃん、西郷隆盛っちゅう、偉いおっさん、知っとるか? 『明治維新の三傑けつ 』にも数えられとる、大和魂の武士さんや」

    「も、もちろんです。上野に銅像もたってますからね、西郷隆盛さんは」

    「あの西郷さんがな、ごっつい、ええことを言っとるんやで」

    「兄貴、聞きたいです」

    兄貴は、タバコを取り出すと、カチンッと、ジッポーライターで火をつけた。

    「あのな、まず、西郷さんは、こう言っとるんや。『人間が知恵を使うのはな、国家や社会のためで、そこに人としての道がないとアカン』と」

    「はい…」

    「ほんでな、『電信とか、鉄道とか、便利なものは必要やけれどな、本質を見失って、やたらに外国かぶれになってな、利益第一主義にして、家の構造からオモチャににいたるまで、外国のマネばかりをしては、完全にアカンと。そんなことにかまけたら、日本はいずれ衰退するし、日本人の心も失われるな、最終的には、日本そのものが滅んでしまう』と西郷さんは、言うとるねんて」

    「兄貴、それって、兄貴が言っていることと、ほとんど、一緒じゃないですか」

    「せやろ? 西郷隆盛、なかなか、やるよるよな」

    兄貴は、バフーと白い煙をはき出して、ニッと笑った。

    いままでの【兄貴の教え】は、まったく「軸」がブレていない。【兄貴の教え】のどれもが、みんな、共通して、『相手を自分ごとのように大切にする心(=つながり・ご縁・絆)』の大切さのことを言っているんだ。

    「人と人とのつながり」を育もうとすれば、手間もかかるし時間もかかる。でも、手間と暇をかけて『育んだ』ものにこそ、価値があるんだ。今の日本に必要なのは、それができていたころの日本に、「縁側」があったころの日本に戻ることでなんだ。日本人の原点に戻ることなんだ。
    兄貴が言っているのは、たぶん、そういうことだ。

    「兄貴。よく考えてみると、漫画喫茶とか、インターネットカフェとか、同じ場所にたくさんの人がいるのに、みんな個室に囲まれていて、誰とも交流がないという空間が、どんどん、増えていってます」

    「せやからな、無関心にもほどがあるんやて。『プライベートを大切に』みたいな流れに踊らされた結果、そんなことになってしもたんや。でも、本当は、もう、みんな気づいてんのやて。インターネットカフェとかに行っちゃっている連中はな、みんな、仲間と和気あいあいとできなくて、ごっつい、さみしいんやて。せやからな…」

    「はい…兄貴」

    兄貴の眼光が、鋭く光った。

    「『日本人の原点』を、取り戻すんやて」

    兄貴は、グッと左右を見回すと、「オレらが、やるで」と言って、ニッと笑った。

    【兄貴の教え 第1話】

    「日本人として大切なもの」を取り戻す。

  4. 山田直樹 より:

    これも読者プレゼントでした。

    第2話 結婚

    ――とある日の、深夜30時(というか朝の6時)

    バリ島の強烈な日差しが、再び、緑の大地を限りなく強く照らし出した。静まり返ったバリ島の空気が、だんだんと、躍動してくるのがわかる。

    外からは、兄貴邸で飼っているクジャクの「クーちゃん」の鳴き声がきこえてくる。

    兄貴は、「よし、この時間ということは、やっぱりアレやな…。いっちゃんも、余裕で食べるやろ?」と言うと、パンッパンッと、お手伝いさんを呼び、カップラーメンを2つ注文した。

    それにしても、お手伝いさんも、深夜30時だというのに、まったく寝ずにずっと起きていて、手を叩くだけでスグに飛んでくる。やっぱり「ボスである兄貴が寝ないのに、自分が寝る訳にいかない」という考えがあるのだろう。

    兄貴は、運ばれてきた「カップラーメン」をおいしそうにズルズルとすすりながら、「よし、完~全に塩分が利いてうまい」と、満足そうに言った。

    僕は、「男女関係」について、兄貴に聞いてみることにした。

    「兄貴、やっぱり、『結婚』というものは、したほうがいいのでしょうか?」

    兄貴は、カップラーメンから「チラリ」と目をのぞかせて言った。

    「あのな、いっちゃん。基本的にはな、『結婚するかしないか』というのは、じつのことを言うたら、『結婚しても結婚しなくてもどっちでもええ』と思うねんな」

    「兄貴、それは、どういうことでしょうか」

    「というのはや……、結婚というのは、単なる『儀式』やからな。どこかの時代の誰かが考えて作った、紙切れ1枚の『契約』に、そこまでこだわることは、ないんちゃうのって、ことやねん。そもそも結婚制度自体が『国によって違う』のやから、結婚が絶対的な制度であるわけがないんやて。そんな『紙切れ』よりも、はるかに大事なのは、『相手を自分ごとのように大切にする心』やろ?」

    「……確かにそうですね、兄貴」

    「結婚するしないは、『儀式』やから、どちらでもええのやけれどな…」

    兄貴は、グッと顔を近づけて言った。

    「ようするに、自分の子供は作ったほうが断然ええよ。そら、養子でもいいから、自分の子供はおったほうがええんや。子供は、自分が本当にかわいがることのできる存在やし、責任を持って育てなければいけない存在やし、『育む』ということから親が学んで人間として成長することが、一番、多いんや。ようするに、子供を育むことで、親が人間として大きく成長するんやて。これは、人間の使命でもあるからな。だから、子供は、かならず、持ったほうがええよ。あ~これは、完~全に間違いないで」

    兄貴は、カップラーメンをすすりながら、ニッと笑った。

    「兄貴には、男の子と女の子、2人のお子さんがいますよね」

    「そや。でも、実は、それだけではないんや。バリ島には、かわいそうな『孤児』がいっぱい、いてるからな。そういう子供をボーボー引き取ってるねん。なんと、オレは52人の『里親や(子供たちの養育費の面倒をみること)』をやっているんや。しかも、これから、もっと増やすつもりでいるねんて」

    「兄貴、52人も、ですか? すげえ…」

    「そや。もちろん里親として、養育費をいっさいがっさい面倒をみているんやけれどな、血はつながっておらんよ。せやけど、血はつながっていなくてもな、自分が育んだ子供たちは、そら、ごっつい、かわいいで」

    「兄貴、血がつながっていないくてもですか?」

    「せや。血のつながりを『血縁』というのやけれど、『血縁=家族だ』という考えは、間違いなんや。たとえば『孤児院』というのがあるやろ。ここで共同生活をしている孤児の子供たちというのはな、そら、もう、本当の家族以上に家族らしいと、オレはずっと考えているんや」

    「兄貴、どのような感じなのでしょうか?」

    「共同生活をしている孤児の子供たちはな、血縁にもできひんことをやってのけているんや。血がつながっていない年下の男の子のことを『弟』と呼んで、その子のおむつを替えたりな、その子になんかあったら、それこそ、命がけで守るねんて」

    「……それはすごいですね」

    兄貴は、真剣な表情で、こちらをグッと見た。

    「せやろ? 今の日本やったらな、血のつながったお兄ちゃんでも、弟のおむつを替えたりしてないやろ。血のつながった弟が危険な目にあったら、お兄ちゃんが自分ひとりで逃げ出すかもしれんやろ。ということはや……、本当は『血縁』であるから『家族』ということではなくてや…」

    「はい…」

    兄貴の目が、ギラリと光った。

    「『相手を自分ごとのように大切にしてきた歴史の長さと深さ』こそが『家族』として、いちばん大事なことなんやて」

    兄貴は、「ヤバイで、オレ、あり得へんレベルのええ話をしてもうたわ」と言うと、ニッと笑った。

    「せやからや…、孤児院で、ずっと一緒に育ってきた『血のつながっていない兄弟』のほうがホンマもんの家族である場合もあるわけでな、オレは『血縁』というものを、それほど重んじてはいないんや。

    兄貴は、カップラーメンを食べ終わると、「いっちゃん、これ、余裕でおかわりやな…」と、言って、パンッパンッと、お手伝いさんを呼んだ。

    「ほんでな。いっちゃん、『夫婦』でも同じことが言えるやろ。『夫婦』の場合はどう考えたらええと思う? 夫婦に血のつながりは、あるのかないのかでいうたら、どうや?」

    「……他人、ですね夫婦は。血はつながっていません」

    「せやろ。では、その男女は、どっから『家族』になったんや?」

    「それは…、『結婚式』を挙げたとき…、からでしょうか?」

    兄貴は、運ばれてきた、おかわりのラーメンを、ズルルルッと食べながら言った。

    「まぁ、形式上はそうかもしれんな。せやけど、それは真実ではないんや。『結婚という儀式をしたから、突然、パーンと家族になっちゃいました』とか、そういう問題じゃないやろ。『相手を自分ごとのように大切にできる心』でホンマにつながったときに、はじめて家族になるんやろ。それは、切っても切れない、絶えることのないつながりなんや。本当に大切で愛しいと思えるものが家族やろ。そうでなくて『結婚という儀式をしただけ』のようなカップルでは、ただの顔見知りにすぎないんや」

    兄貴は、「のう?」っと言うと、ニッと笑った。

    「夜に一緒に寝てないとか、一緒に寝ているとか、そういうのは関係ないんやて。そんなのなくても、一家団欒、和気あいあいな家族もたくさんあるんや。それにな、一回、完全に家族の絆ができあがったらな、そら、たとえ、10年会わんでも、会うたら『なんや、おまえ、10年も顔出さんで、なにをしとったんや。とりあえず、リンゴでもむいてやるからバコーンと食って、今日は、もちろん泊まってくんやろ』と受け入れるのがホンマもんの家族っちゅうもんやて。家族というのは、なにでつながっているのかを考えたら、よう、わかるんや」

    「はい…」

    「家族ちゅうのはな……」

    兄貴の目がギラリと光った。

    「『相手を自分ごとのように大切にする心』でつながっているんや」

    兄貴は、得意げな顔をして、ニッと笑った。

    「せやから、オレは、今日で嫁さんに、もう3週間会うてないけど、完~全に心でつながっているから、まったく問題がないんや。もう、ホンマもんの家族になってしまって、信頼関係が築けているからや」

    「なるほど、そういえば、奥さんのお姿を、一度も拝見してないですね」

    「心のつながりが家族を形成するんやて。それは、『いかに相手が愛しいか』『いかに相手が尊いか』ということなんや。せやからな、奥さんからもらえるお小遣いが、1日500円という旦那さんがいたんやけれど、なんと、そやつ、39歳、炸裂やぞ」

    「え… 39歳で、1日500円ですか……」

    「アホちゃうのか、この嫁はんは、と思うわ。旦那さんに1日500円しか渡さないような嫁はんは、もはや家族ではないよ。『結婚しているという契約』をすませただけやねん。それは、全然、相手のことを大切に思っていないやんけ。旦那さんが、嫁はんに調教されてるだけなんや、かわいそうに」

    「兄貴、では、どうすれば、いいお嫁さんが、見つかるのですかね」

    「ひとつあるのはな、『電撃結婚』てあるやろ。あれは、完全にアカンな。あとになって、否定的なことが、ごっつい見つかってくるよ。そらボーボー出てくるわ。せやからな、『結婚』をするならば、よ~く付き合ってからにしたほうが、お互いのためにええよ。『ええ人か、悪い人か』、『ウマが合うか合わんか』がわからないまま、安易に結婚してしまうから、不一致が爆裂、不義理が炸裂して、離婚してしまうんやて」

    「……確かに、そうですね」

    「せやから、よ~く付き合ってみてな、お互いのことがよくわかって、『これぐらいの違いなら、まぁ、しゃあないかな』という『お互いの納得』があるのなら、そら、辛抱はきくけどな、結婚したあとでボーボー不一致が見つかってしまっては、これは辛抱がきかんこともあるねんて」

    兄貴は、カップラーメンを平らげると、「アカン、完~全に腹割れそや」と言って、満足げにお腹をさすった。

    そして、カチンッと、ジッポーライターで、タバコに火をつけた。

    そうか。結婚は「紙切れ一枚の契約」だから、するかしないかは、その人次第でどちらでもいい。それよりも、「相手を自分ごとのように大切にできる、そういう歴史の長さと深さをもった家族」をもつこと。それは、「血のつながり」だけではないこと。そして、人間の使命として、「子供を育む」ことで、自分自身も大きく成長できるということ。もし、結婚するなら、じっくりじっくり長い時間付き合って、きちんと相手を見極めること。それが大事なことなんだ。あ、でも、その前に「スーパーウルトラ強い男」になって、モテるようにならないと…。先は長いなぁ…。

    兄貴は、そんな僕を、優しいまなざしで眺めながら、バフーと、白い煙をはき出すと、ニッと笑った。

    【兄貴の教え 第2話】

    結婚というより「家族の絆」が大切。
    子供を育むことで自分も育まれる。

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