4月 152017
 

私の関心は
「宗教という名の神学」(密教とも言えるかな)
に向けられていく。

これを少しずつ手探りで探求する。
霊魂、死後の世界、輪廻、カルマ、幽霊、霊能力者、
(まあオカルト関係ですね)などの本を読む。
(ほとんどが入門書や初心者向けの易しい本です)

そして己の心に絶えず問いかける。
「何で?」
「それほんとかな?」
「どうしてそれが分かる?」
「インチキだろ?」
「科学的根拠は?」

ある時気づく。
「俺自身がそういうことを考えたり興味を持っていること自体が、それは本当かもしれないという証拠ではないのか」と。

「我想う、ゆえに我在り」「我思案する、ゆえに我それを肯定する」てね。

素直になって公平な心でとらえようとする姿勢になってみること。

魂は死んでも無くならず、
死後の世界へ行って、
またこの世に生まれ変わる。(輪廻転生)
未熟な部分を鍛え直すために。(カルマの法則)

もしこの世に執着という未練を残すならば、
幽霊となってこの世を彷徨い続けることになる。
(早めに成仏してほしいと願う)
真の霊能力者と呼ばれる人はそれを探知できるそうだ。
(私は全く見えません)

UFOや宇宙人については私はあまり関心がなかったが、
超能力には関心があったのは縁でしょうか。
気功、テレキネシス、テレパシー、未来予知、読心術、退行催眠などに。

私は、人間とは動物であって動物ではないと思えるようになった。
人間は他とは違う。
何か得体の知れない不思議なパワーを持っている存在。
それを解放できないから、人は悩み苦しむのではないか。

私はそのパワーを『神』と呼んでいる。
(気功の気もパワーですが、ここでは『精神の内奥に住まう静謐な存在が働きかける力』とします)

いったん人間の内部には神という存在があると肯定し出すと、
私の悩みが次から次へと氷解していくのが分かる。
魂の不滅、輪廻転生、カルマの法則、イエスの教えもすんなり理解できる。

同時期的に読んだ
エドガー・ケイシー、サティア・サイババ、江原啓之などの本は、
理解への加速に大いに役に立った。

ただ「ひたすら否定する」という鎧兜は思考を鈍重にし、
肯定させようとする現象を取り逃がす。

否定からは神を見出せないのです。

絶対肯定の男イエス・キリストは正しかった。

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