イエス・キリストは卒業の喜びを伝えたかっただけ

イエス・キリストになる前のイエスの魂は
この世でのカルマをすべて解消して
卒業資格を得られました。
つまり「この世という試練」を終えた人です。
仏教では“解脱者”と言いますね。

しかし我々の“先輩”であるイエスの魂でも
一つだけ未練がありました。

『人類にこの卒業の素晴らしさを教えたい!!』

イエスの魂は卒業したのにも関わらず、
(生まれ変わることをしなくてもいいのに)
もう一度イエスという人間の身体に己の魂を入れ(受肉)ました。

僕らの魂はもともとは神様(天国)の一部。
それが“我”を持ったばかりに
天国から追放(堕天)されました。
“我”が最初に地球に来た時、
物質をもてあそぶことに快楽を覚えました。
物質から物質に乗り移り(生まれ変わり)
次第に物質と魂がもつれ合ってしまいました。
つまり執着してしまったということです。

天国に戻るために“我”を無くさなくてはいけません。
そのための試練の場がこの世です。
この世に現れるということは
この世の物質界のルールに従わなくてはいけません。
僕らもそうですが、
イエスの魂も例外ではなく
物質の呪縛に囚われます。
これは大変危険なことです。
もう一度、物質と魂とがもつれ合うという
危険性をはらんでいますから。

この危険を冒してまでも
イエスの魂は“卒業”の素晴らしさを教えたかったのです。

僕らの先輩、イエス・キリスト様

「僕が卒業できるまでに
あと何回生まれ変わらなくてはいけないのですか?」

その道は険しいのです。

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