恥という反面教師が、美学確立を助けてくれる。

真珠養殖で財を成した
山﨑拓巳さんの家系が、
信頼していたブローカーに2億円を持ち逃げされた。
それは彼が小学6年生の時のこと。

彼の父は自立するために
山﨑一族の家業であった真珠養殖を始めた。

戦後貧しい日本だった環境の中に
兄弟が10人以上もいて、
親は頼れない、兄弟も自分のことで精一杯。
自分のことは自分で何とかするしかない。
そう考えて独立したのが30歳過ぎだったそうです。

結婚して子供がいるのに住む家が無いから、
本家がしていた養蚕に使用していた部屋を借りていた。
それは雨漏りや土塀が崩れる暗くボロボロ部屋。

拓巳さんも貝殻の掃除などをして手伝い
一家総出でがんばった甲斐もあって、
彼が小学4年生の時
2000万円の売上を達成することができた。

山﨑家の親戚一同も高く買ってくれるというので
同じブローカーに卸していた(依存していた)。

その1人にその年の売上全部を持ち逃げされた。

被害総額は当時のお金で2億円。
(大卒初任給が10万円弱の時代)

このブローカーは最初から詐欺するために
山﨑一族に近づいたのか、
それとも急に魔が差して持ち逃げしたのか、
私には断言できません。

昔、蚕の養殖をしていた山﨑一族は
商売のド素人ではなかったはず。
事実、真珠養殖でも稼いでいた。
そんな一族のすべてから信頼されていたこと。
(誰も怪しい奴だと思わなかったこと)

ボロ家の山﨑拓巳さんの家にも
よく菓子などの土産を持参して
お茶漬けなどを食べに来たらしく、
彼の家がボロだという認識はあった。
他の山﨑家の真珠御殿と比較して。

はなから詐欺して大金を得る目的ならば、
2000万円プラスのために
2年以上もかけてそこまでやるか。
1億8000万円でもいいから
時間をかけずに持ち逃げしたくなるのではないか。

おそらくこのブローカーは
真珠生産量の拡大による価格下落、
顧客の消費量の減退を予測し、
真珠産業の衰退の危機を予感し、
ダメになる前に逃げたくなったのではないか。
そう私は推理している。

他人の家で食事をするほどなので、
もしかしたら独身だったかもしれない。
寂しさからギャンブルに手を出してしまったのか、
夜の女に惚れこんで貢いでしまったのか、
少しずつ心のスキマに
「真面目に生きたって虚しいだけだ!」
と自暴自棄が起きたのかもしれない。

あなたが世ズレしてしまった社会人であるならば、
彼のことを少しは理解できるのではないだろうか。

本当のところは本人に聞かないと分からないが。

この世界に起きたたった1つの犯罪。
特に珍しいものではないどこでも起きている事件。
当事者にとっては大事件である1回の詐欺から
我々に教えてくれる教訓は何だろうか?

1、商売も人生も1つに依存してはいけない。
2、人生は罠だらけ。人間社会は危険がいっぱい。
3、自分は大丈夫だと過信するな。
4、お金によって人は誰でも悪魔になりうる。
5、再起の心と知恵があれば復活できる。
誰でもいつでもどこからでも。

持ち逃げ事件の直後、
彼の父は怒りでヤケ酒するようになった。
拓巳少年はそんな彼に向って

「騙した方ではなくて、騙された方でよかったやん」

と(本人は全然覚えていないが)
言い放ったそうです。

そんな息子の言葉を聞いて
「そやな」と彼は奮起し
その後の事業を発展させていく。
真っ当な商売で。

私の頭に疑問が生まれる。
悪に染まる者と踏み止まる者との違いは何なのか?

山﨑さんの本から導き出されるのは
「人は何が自分の恥だとしているのか」
で自分の人生を方向づけているとある。

・詐欺をするのは恥
・離婚するのは恥
・独身は恥
・転職をするのは恥
・フリーターは恥
・いじめは恥
・借金は恥
・赤字は恥

恥だとみなすものの反対方向に進もうとするのが人間。

とするならば
あなたは何を恥だと考えているか?

山崎さんは挑戦しない選択をすることだとする。

私の場合は
自分に相応しくなくなった時の自分になり下がること。

私は詐欺は恥だと思うが、
恥ではないと考える人と私との差は何か?

各個人の『美学』の在り方の違いだと思う。

人はより良くあろうと欲し、
自身の幸福を追求する動物です。

詐欺で稼ぐことが幸福ならば
思う存分やればいい。
私はそれを否定しないし、その資格もない。

私たちができることと言えば
自身の美学を確立させて
それに向かって邁進することだけです。

時に騙されることもある。
裏切られることもある。
敵を作り衝突し離反することもある。
大切な人と仲たがいしてしまうこともあるかもしれない。

あなたにはそれでも貫き通したいものはありますか?

己の死を自覚し、
それでも前へと生きようとする意志を
ハイデガーは本来性と名付けた。

死を日常の中に隠蔽し、
その本来性からはがれた在り方を頽落と呼び、
そんな人類を恥だと彼は嘆き罵った。
その反動が彼をナチス加担に向かわせた。
人間の歴史はその頽落との戦いだったのを知らずに。

ヒトラーを恥だと蔑む世界市民は多い。
でもいつか再び優生学の名の下に
無関心による貧困層の殺戮を黙認するだろう。
彼らも恥の歴史を紡いでいる一員だということを知らずに。

ナチス親衛隊だったアイヒマン
どこにでもいる普通のオッサンだったと言う。
ある条件下に置かれたら
私たちがアイヒマンにならない確証はどこにもない。

人類史の恥をあなたの中心で受け止め、
懐に抱きしめ、謙虚さでもって許容するんだ!

その時、人類史は争いの歴史なのだと
誰も言わなくなるだろう。

ところで気になること。
そのブローカーはお金を持って
どこへ逃げたのだろうか。

隅々まで恥に汚染されたこの世界に
逃避場所は無いと思うのだが。

どこにも楽園などありはしない。

自身の内部に美学を打ち立て、
清らかなる空気の中で籠城するしかない。

悪に染まるな! 克て!

「克己心の拠り所は美意識」

門扉に施錠はなく、それはいつも開かれている。

誰でも精神の国王となれ。

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