使命とは愛の実践。「3か月後に死す」としたら何をする?

私はやるべきこと(=夢)が見つからない。
何をして生きていけば自分にとって適切なのかそれが分からない。
人は私に何を求めているのだろうか?
私なんて必要とされていないのではないか?

こんなことに悩んでいる現代人は多いと思う。
一言でいうならば
「自分が魂をぶつけて取り組みたいもの(=使命)が分からない」ということだろう。

何だか皆「虚ろ」なんです。
江原さんの守護霊の昌清さんは
「道行く人の顔は皆死人の顔じゃ」と嘆く。

平和で衣食住満ちた日本で生きていればそうなるのも無理はない。
だが今の日本は本当の平和であると言えるのであろうか?
本当の平和とは戦争がないということだと定義したら、
人の心の中に戦争が起きているのではないか。
虚無との戦いが。

なぜ現代人は虚無を抱えるのだろうか?

虚無の代わりに神という魂が我々に内在していることを知らないから。

これは精神の冒険を乗り越えた果てにたどり着く
獲得しづらい崇高なものであるので、
知らないというのも仕方がないことです。
だからこそ人は社会的価値(地位・名声・お金)を求めようとする。
宗教的意義ではなく。

貧窮の時代には、衣食住を満たそうというのが目的として成り立った。
戦争でドンパチする時代には、人殺しはもう止めようという動きが許された。
それはすべきことがすぐ見つかる時代だと言えた。
(私はそんな時代を幸福だとは思わない。尊厳なる魂と向き合ってないから)

60億人が渦巻く世界にあって、
自己の存在意義を見失いやすい実存の危機的状況の中で
自分のすべきことである使命を見つけること。

あなたの使命を浮き彫りにするための方法がある。
やってみてほしい。

自分への『死刑宣告』です。

あなたが「3か月後に死ぬだろう」と
医者から告げられたと自分に言い聞かせたとする。

明日会社へ出勤しますか?
学校へ登校しますか?
居酒屋でグチ言い合いますか?
成績のために勉強しますか?
単身赴任で海外で働いてますか?
収入を今の2倍にするためにビジネスしてますか?
読み終えるのに10時間するような本を読みますか?

死すらも乗り越えさせようとする原動力となる行動。
その行動の最中である自己を分析した時、虚無がないことに気づく。
我欲がないことにもハッとするだろう。
その時何が我を支配しているのか?

「他者への愛」

つまりそれは『使命=愛ある行動』だと言える。

人が愛を為す時、たちまち虚無は消滅する。

使命を見つけるというのは非常にたやすいことなのだ。

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