『苦しみ』を味わわなければ
“知恵”も“努力”も“内省”も生まれない。
『艱難(かんなん)汝を玉とす』
とはよく言ったものです。
できれば幸福のままでいて欲しい。
『苦しみ』なんてない人生であって欲しいと願う。
(特にわが子にはね)
だが何も学べない人生なんて
生まれた意味がないじゃないか!?
つまり神はこう意志しているとでも言うのか?
「あなたは苦しみなさい」と。
違う!!
神の祈願はただ一つ。
『もっと神に近付いてくれ!!』
『あなたは神の一部なのだから』
『そして生まれ故郷である大霊と、再び一体化しようではないか!!』
と絶えずメッセージを送り続けているのだ。
『神に戻る』という“試練”である『苦難』とは、
神のメッセージそのものなのである。
故に『苦しみ』もまた『神』なのだということに他ならない。
またそうであるならば、
『神』ならば『苦しみ』すらも愉しむものなのだ。
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