閉ざされた“信仰心”を開くには、“闇”を知らなければいけない。

“光”がなければ“闇”もない。
“闇”があるところに“光”がある。

「“闇”を否定してはいけない」
「“悪”を拒絶してはいけない」

『“暗黒”と闘うのである』

“光”への“信仰心”を覚醒させるために
“闇”の渦巻く心の中に
己の持つ“悪”を自覚しなければならない。
“悪”という“欲望”と対峙しなければならない。

だがいとも簡単に打ち勝てるほど
“魔”は弱くない。
武器が必要だ。それは何か?
“信仰心”である。

「私は神である。だから“悪”“魔”に打ち勝つことができる」

このゆるぎのない強い思いが“信仰心”なのである。

どこかの国でこんな実験をしたそうである。
(ドイツだったかな?)

犯罪者という設定の男が電気椅子に縛られている。
一般人から無作為に選ばれた被験者は
電気の電圧を操作するレバーを握らせられている。
指示があれば電圧レバーのボリュームを動かす。
「これは刑罰だから」と諭して。
(実際には電流は流れない)
犯罪者は役者で、レバーに合わせてワザと悲鳴を上げる。
合図とともにレバーを動かす被験者の様子を診るという実験だ。

どんな結果が出たか分かりますか?
ほとんどの被験者が指示された以上に
ボリュームレバーを上げていく。
人間の残酷性を暴露した実験だったというわけだ。
(中には大学教授もいたそうだ)
(彼はその実験後にカウンセラーに通うようになってしまったが)

注目すべきことだが、
その実験自体を拒否した一般人がいた!!
「犯罪者に刑罰を」という実験を拒否したのだ。
彼らは皆、宗教上の理由で拒絶したそうです。
(聖書の中でイエス・キリストは
「私はあなたに罰を定めない」と言っている)

自分の中に住まう“獣性”に対して
“信仰心”というムチで制御したのだ。

『“闇”を追い払えるのは“信仰心”しかない!!』
これがいい証拠だ。

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