4月 152017
 

江原啓之氏は言う。

「大いなる神は完全ではない」なぜなら「小なる神である我々が完全ではない」からと。

俺たちがこの世で頑張って生きるのも、
すべては「大いなる神との一体化」が目的です。
その大いなる神(グレートスピリット)が不完全なら、
この世での修行をめでたく終えても、あの世でも修行しなくてはいけないことになる。
どんな修行なのか分からないが、修行というのはしんどいものだろう。
(楽な修行なら何も向上できない)

グレートスピリット(理想)という
ゴールを目がけて頑張るのがすべての霊魂の意義であって、
そのグレートスピリットが不完全なら、虚しいじゃないか!?
ゴールのないマラソンなんて途方にくれてしまうだろ?

私は大いなる神は完全であると思いたい。
そうであらねばならないと思い込みたい。

「神が不完全なんて嫌だよ!!」

でもそうなると(そうしてしまうと)
神が完全ならば、完全ではない俺は神でないことにならないか?
イコールでないから。

神でない自分を認めたら、
神と一体化するという人生の目的も無意味になる。
(神でなかったら、神になれないだろ? ダイヤの原石だから磨けばダイヤになれるのさ)
そっちの方が虚しい。

私には「神は不完全である」という理由がまだ分かっていないようだ。
思考を続ける。

【後記】
神は完全でも不完全でもない。
二言論で表現するのはナンセンスです。

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