4月 082015
 

注:これは2009年7月2日の記事です。

経済学教授だった植草一秀容疑者が実刑を受けたらしい。
証拠は被害者の高校生の証言のみ。

ここで女子高校生をどうこう言うつもりはないが、
ただ引っ込みがつかなくて(体裁が悪くて)そのまま嘘をつき続けてしまったり、
自己を脅威から守るために、たとえ嘘だと分かっていても、
それを真実だと思い込んでしまう傾向が女性にはある。
(種の保存・継続の本能が女性には備わっている)

・暴力夫がいたら(これは男の愛情表現よ)
・浮気夫なら(私の旦那を誘惑する女の方が悪いわ)
・働かない夫(病気なのよ、病人なら大切に扱わないと)

「私のことを好きになってくれた人が悪いわけがない!!」

自分に都合のいいように取ってしまうのが女の知恵。
仕方がないよ。
種を継承し続けなければいけないのだから。

司法にも問題がある。
先日「足利事件」という幼女殺しの犯人として
17年間も冤罪でいられた管家さんが釈放された。
自白とDNA鑑定が決め手となって犯人とされたらしい。
だがその当時のDNA鑑定は導入初期により極めて曖昧で疑わしい。
だから被害者とのDNAと一致していない鑑定結果という証拠を、
裁判官や検察官に再度提出した。が無視された。
そして実刑を言い渡された。

この事件も“動かざる証拠”がないのに、
裁判官と検察官の怠慢による判決が下された悲劇です。
※無実を思わせるという証拠はたくさんあったのに。

裁判官という絶対間違えてはならない人間もやはり弱い人間。
裁判官は1人ではなく3人いた方が公平な裁判になるのではないか。

いやそれ以前に他人に対する無関心が横行している日本を正さないといけない。

【愛の対義語は無関心・無感動】

僕は死ぬまでこの愛を説いていくよ。
使命感でもって。

後記:WIKIを読むと
植草さんは現在講演活動をしているようです。
ブログを更新中ですので
http://uekusak.cocolog-nifty.com/
まだまだ政治・経済に物申すと言ったところでしょう。
たった1度の過ちで社会的知名度の転落は相当つらいでしょう。
日本は敗者復活が少ない国なので
世間に名を通る方は気を付けないと。

4月 072015
 

WIKI

カレー毒物混入事件の犯人とされる“林真須美”被告の死刑に反対する。
オウム真理教のサリン事件の首謀者、“松本”被告の死刑にも反対する。
すべての凶悪犯とされる殺人者の死刑に、私は断固反対する。

「なぜ彼らは極悪非道の殺人者になってしまったのだろうか?」
「なぜこの豊かな日本でこんな事件が起こってしまったのだろうか?」
(今後も絶え間なく凶悪犯罪事件は起こっていくだろう)
(悲しいかな、おそらく増えていくね)

ここで“親鸞”の言葉を思い出す。
「人の心よくて殺さずにあらず。人害せずと思えども百人千人殺すこともあるべし」
(善良な人は殺人をしない、ではない。人を傷つけない気持ちがあってもたくさん殺してしまうこともある)

一体『罪を犯す』とは何だ?

すべての人間は過去世で“極悪人”だった。
(ガンジーもマザーテレサもイエス・キリストだって)
僕らはたまたま今世で極悪人にならずに済んでいるだけなのだ。

イエスは言う。
「頭の中で姦淫しても姦淫したことになる」
(そうするとすべての男がレイプ犯ということだね)
僕が分かりやすくして言うと
「頭の中に浮かんだことはすべて、その人の過去世で実際行なったこと」
「だから善良そうに見えても、すべての人間は実は凶悪犯(だった)なんだ」

『死刑制度』それは無理解と無関心の極み。
邪魔になる者はゴミのように処分する。
相容れないの者は隔離する。
「私は無関係。関わり合いたくはありません」
人々はそうして表面を取り繕って生きていきたい。

「なぜ少しでも犯罪者に理解の手を差し伸べようとしないの?」
「ナイフを持って産まれてきた人間はいないよ」
「運命共同体の意識を持ってほしい」

同じ時代を、同じ日本で、共に生きていること。
それは偶然ではない。
魂が選び取った必然なのだ。
関係ないということはない。
すべての魂は一つ。
他人事扱いしないでじっくり考えて頂きたい。
『残忍性』とは誰の心にもあるのだから。

【私のコメント】

林真須美被告の動機が分からないらしい

なぜカレーに毒を入れたか?
最高裁でも動機が明白になっていないとワイドショーで言っていた。
愉快犯ではなさそうだし、テロリストでもなそそう。
思うにヒロインコンプレックスではないか?
目立たない主婦が脚光を浴びたくて、ワザと犯罪を行なう。
みんなから注目されたい、私がテレビに映ってヒロインになる。
快感だわってね。
もしそうならば主婦を下に見る社会にも責任がある。
社会の一員である僕だって。

林真須美被告、死刑確定

死刑になるそうです。
女性なのに。
これで僕らは殺人国家で平然と生きていることになるわけだ。
死刑という殺人。
本当に許されるのか?
更生の道はないのだろうか?
同じ日本で同じ時を生きている仲間。
死刑がなくなる時は、この世の意味が理解される時かもしれない。

4月 072015
 

(注:2009年4月の過去記事です)

2008年5月3日に東京・後楽園ホールで行われた
6回戦でTKO負けして意識を失い、
東京都内の病院に入院していたプロボクサーの
張飛選手(22=本名:竹内幹雄、明石ジム)が18日に死亡した。
日本ボクシングコミッションが19日、発表した。
試合後に急性硬膜下血腫と診断されて開頭手術を受けたが、意識は戻らなかった。
中国残留孤児の祖母を持ち、中国生まれの張飛選手は、
中国名の張師から1字とったリングネームで05年4月にプロデビュー。
戦績は5勝(4KO)6敗だった。
【ネット記事からの抜粋】

それでも男たちはリングに立つ。
勝利の陶酔感に酔いしれたいがために。
チャンピンになれると信じる心がある限り。

4月 072015
 

注:2009年3月の過去記事です。

以前、日本人の会社仲間数人が中国へ買春ツアーに行って、
怒った中国人が関係ない在中日本人に集団暴行をしたことがあった。
覚えている日本人は少ないと思うが、
頭にきた中国人はまず絶対覚えているだろう。

中国の目覚ましい経済発展により、
今日に至っては金にものを言わせる中国人が増え、
彼らが日本への買春ツアーを企画し来日することも当然予想される。

中国人は13億人。
その1%が金持ちだとしても1300万人。
男が半分強の700万人として、
その1%でも“買春”に来たとしても7万人。

(※すべての金持ち中国人男性がハレンチではないよ)
(※中国人をすべて一括りに考えてはならないし、考えてもいない)
(が、日本人でも悪さするようになったのだから、中国人でも…)

どこの国だろうがオスはみな同じく、メスに向けて“獣”になる。
(果たして“獣性”を理性でもって制御できる男がどれくらいいるだろうか?)

中国の農村では女性は後継ぎにならないことを理由に冷遇され、
一人っ子政策もあってか、女子数の比率が少ない。
あぶれた男が都会に行って女子に対して悪さする。
それが海を越えて、ここ日本へ悪さするようになるだけだ。
残念だが自覚してほしい。
「日本女性が危ない!!」ってことを。

元気をなくした日本男児よ、今こそ立ちあがれ!!
日本を守るのは日本男児しかおらへんのや。
準備はいいか!?
もう外人どもの侵略は始まっているんだぞ!!
覚悟を決めろ!!
せめて女房・子供、恋人くらいはしっかり守れよ。
今からでも身体を鍛えておけ!!
頼むよ!!

4月 072015
 

(注:これは2009年2月の記事です)

袴田事件(はかまだじけん)とは、1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人・放火事件、およびその裁判で死刑が確定した袴田巖(はかまだいわお)死刑囚が冤罪を訴え再審を請求している事件である。

※事件および裁判過

1966年6月30日 味噌製造会社専務の自宅が放火され、
焼跡から一家4人の他殺体が発見される。
7月4日 静岡県警が味噌製造工場および工場内従業員寮を捜索し、
当時味噌製造会社の従業員で元プロボクサーの袴田巖の部屋から
極微量の血痕が付着したパジャマを押収。
8月18日 静岡県警が袴田を強盗殺人、放火、窃盗容疑で逮捕。
9月6日 犯行を頑強に否認していた袴田が勾留期限3日前に一転自白。
9月9日 静岡地検が起訴。
11月15日 静岡地裁の第1回公判で袴田が起訴事実を全面否認。以後一貫して無実を主張。
1967年8月31日 味噌製造工場の味噌タンク内から血染めの「5点の衣類」が発見される。
1968年9月11日 静岡地裁、死刑判決。
1976年5月18日 東京高裁、控訴棄却。
1980年11月19日 最高裁、上告棄却。
1980年11月28日 判決訂正申立。
1980年12月12日 最高裁、判決訂正申立棄却決定送達。死刑確定。
1981年4月20日 弁護側、再審請求。
1994年8月9日 静岡地裁、再審請求棄却(決定書日付8/8)。
8月12日 弁護側、即時抗告。
2004年8月27日 東京高裁、即時抗告棄却(決定書日付8/26)。
9月1日 弁護側、最高裁に特別抗告。
2008年3月24日 最高裁で棄却。第一次再審請求終了。
2008年4月25日 弁護側、静岡地裁に第二次再審請求。

袴田死刑囚は30歳で逮捕されて以来40年以上にわたって拘束され(現在東京拘置所に収監中)、死刑確定後は精神に異常を来しはじめ、親族・弁護団との面会にも応じない期間が長く続いた。現在は面会には応じるものの、拘禁反応の影響による不可解な発言が多く、特に事件や再審準備などの裁判の話題については全くコミュニケーションが取れなくなっている。

※裁判の主な争点

1、自白は強要されたものか。
任意性に関する争点 : 自白調書全45通のうち、裁判所は44通を強制的・威圧的な影響下での取調べによるもの等の理由で任意性を認めず証拠から排除したが、そのうちの2通の調書と同日に取られ、唯一証拠採用された検察官調書には任意性があるのかなど。
信用性に関する争点 : 自白によれば犯行着衣はパジャマであったが、1年後に現場付近で発見され、裁判所が犯行着衣と認定した「5点の衣類」については自白では全く触れられていない点など。

2、凶器とされている栗小刀で犯行は可能か。

3、逃走ルートとされた裏木戸からの逃走は可能か。
犯行着衣とされた「5点の衣類」は警察の捏造か(「サイズから見て被告人の着用は不可能」など、弁護側は多数の疑問点を指摘している)

※拷問

袴田容疑者への取調べは過酷をきわめ、炎天下のなか、平均12時間、最長17時間にもおよんだ。さらに取調べ室に便器を持ち込み、取調官の前で排泄させるなどした。 睡眠時も精神異常者のとなりの部屋にわざと配置させ、一切の安眠もゆるさなかった。 そして勾留期限がせまってくると取調べは過酷をさらにきわめ、朝、昼、深夜問わず、2、3人がかりで棍棒で殴る蹴るの取調べになっていき、とうとう袴田容疑者は勾留期限3日前に自供した。

※支援の動き

1979年、ルポライターの高杉晋吾が事件の冤罪性を指摘した記事を『現代の眼』に掲載し、死刑確定後に支援組織「無実のプロボクサー袴田巌を救う会」を設立する。
1981年から日本弁護士連合会が人権擁護委員会内に「袴田事件委員会」を設置し弁護団を支援する。
1991年3月11日、日本プロボクシング協会会長の原田政彦(ファイティング原田)が、後楽園ホールのリング上から再審開始を訴え、正式に袴田の支援を表明する。
2006年5月、東日本ボクシング協会が会長輪島功一を委員長、理事新田渉世を実行委員長とする「袴田巌再審支援委員会」を設立する。同委員会はボクシングの試合会場(後楽園ホールなど)で袴田の親族、弁護団所属の弁護士や救援会関係者らとともにリング上から早期再審開始を訴えているほか、東京拘置所への面会やボクシング雑誌の差入れなどを行っている。
2006年11月20日、輪島を始め5名の元ボクシング世界チャンピオンらが、早期再審開始を訴える約500筆の要請書を最高裁に提出する。
2007年2月、一審静岡地裁で死刑判決に関わった元裁判官熊本典道(判決言渡しの7ヶ月後に辞職)が「彼は無罪だと確信したが裁判長ともう一人の陪席判事が有罪と判断、合議の結果1対2で死刑判決が決まった。しかも判決文執筆の当番は慣例により自分だった」と告白。袴田の姉に謝罪し再審請求支援を表明する。
2007年6月25日、元裁判官熊本は、袴田の再審を求める上申書を最高裁判所に提出。
2008年1月24日、日本プロボクシング協会が、後楽園ホールで支援チャリティーイベント 『Free Hakamada Now!』を開催。日本ボクシングコミッションが袴田に対し名誉ライセンスを贈呈する。
(以上)

僕の考えは『無罪』だと主張する。根拠は証拠が不十分だからです。「疑わしきは罰せず」という言葉もあることから、確固たる証拠がない限り、罪を問うてはならない。ましてや死刑にすることは絶対あってはならない。日本の裁判制度を一日でも早く合理的義理人情な制度にならんことを、このブログを通じて訴えたい。晴れ渡る空の下、彼の名誉が再び甦ることを祈りながら。

後記:2014年に再審のため釈放される。