12月 292016
 

一人さん、いいこといっぱい言ってくれてます。

「親の因果が子に報い」は嘘。
自分の過去世に蒔いた種が発芽しただけ。
自覚しないといけないね。

お金は神様からのプレゼント。
あなたに必要な分だけあなたに手渡される。
俺がフリーターなのも意味がある。
全国のフリーターを救いなさいという。
神様、私に力を下さい。

日本が沈没するか否かは
僕ら日本人の「私は神様になります」という強い意志で回避できます。

『神=愛』

愛を広めれば、
いつでもどこでも誰でも何でも幸せになれるのです。
最後はやはり愛の力なんですよ。

8月 122015
 

「ブランディング」とは、
顧客や消費者にとって価値のあるブランドを構築するための活動。
ブランドの特徴や競合する企業・製品との違いを明確に提示することで、
顧客や消費者の関心を高め、購買を促進することを目的とする。
消費者との信頼関係を深めることで、ブランドの訴求力が向上し、
競合他社に対して優位に立つことができる。
——–

自分というブランドの花を咲かせたいなら、
まず自分を愛することから始まります。
は栽培の左右を決める土壌になります。

「自分を愛する」という肥料をやり、
「他人を愛する」という水をまき続ければ、
必ず輝かしいブランドの花が咲きます。
おいしい果実も実ります。

僕、真実を言っていますよ。

5月 042015
 

女性の使命は「子供を幸せ」にすること。

男性が女性を幸せにし、
女性が自分の子供を幸せにし、
その子供が友達や下級生を幸せにし、
その友達がその両親に幸せをもたらす。

『幸福の好循環が世界を救う』

自分の使命に気付いてほしいですね。

4月 222015
 

税金が高くても、物価が高くても、
賃金が安くても、政治がダメでも、
日本人に溢れんばかりの『愛』が備わっていれば、
世界の人は日本に行きたいの。
ついには移住してくれるの。
海外へ脱出する日本の金持ちも減るし、
女性はポンポン子供を産みたくなるの。
そうしたら人口問題は瞬く間に解決できる。

人口が増えたら消費は増える。
不動産が上がる。
株も上がる。
つまり経済が循環する。

いやこんなことでは終わらない。

『愛』があれば
学校のいじめは無くなる。
派遣切りもリストラも無くなる。
離婚もDVも育児放棄も無くなる。
犯罪は減り、刑務所は暇になり、税金が浮く。
赤ちゃんポストや孤児院は過去の遺物と化すね。

自然環境の悪化も解消に向けて動き出すだろうし、
病気の人は快方に向かうし、
自動車で無謀な運転が無くなり、事故が減る。

自殺を考える人は『生きる』とは何かを考えるようになり、
死を考える人は『神』とは何かを考えるだろう。

結局すべては『愛』が原点なんだ。
これなくしては平和などあり得ない。

でもどうしたらそんな愛の世界を実現できるのだろうか?

人生の最終目的である『神との合一』を理解してもらうしかない。

この大いなる理解がすべてに行き渡った時、
殺戮の歴史は阻止できる。

そこに至るまでの道のりは果てしなく遠い。
愛をコツコツとやっていくこと。
忍耐ですね。

4月 192015
 

私はやるべきこと(=夢)が見つからない。
何をして生きていけば自分にとって適切なのかそれが分からない。
人は私に何を求めているのだろうか?
私なんて必要とされていないのではないか?

こんなことに悩んでいる現代人は多いと思う。
一言でいうならば
「自分が魂をぶつけて取り組みたいもの(=使命)が分からない」ということだろう。

何だか皆「虚ろ」なんです。
江原さんの守護霊の昌清さんは
「道行く人の顔は皆死人の顔じゃ」と嘆く。

平和で衣食住満ちた日本で生きていればそうなるのも無理はない。
だが今の日本は本当の平和であると言えるのであろうか?
本当の平和とは戦争がないということだと定義したら、
人の心の中に戦争が起きているのではないか。
虚無との戦いが。

なぜ現代人は虚無を抱えるのだろうか?

虚無の代わりに神という魂が我々に内在していることを知らないから。

これは精神の冒険を乗り越えた果てにたどり着く
獲得しづらい崇高なものであるので、
知らないというのも仕方がないことです。
だからこそ人は社会的価値(地位・名声・お金)を求めようとする。
宗教的意義ではなく。

貧窮の時代には、衣食住を満たそうというのが目的として成り立った。
戦争でドンパチする時代には、人殺しはもう止めようという動きが許された。
それはすべきことがすぐ見つかる時代だと言えた。
(私はそんな時代を幸福だとは思わない。尊厳なる魂と向き合ってないから)

60億人が渦巻く世界にあって、
自己の存在意義を見失いやすい実存の危機的状況の中で
自分のすべきことである使命を見つけること。

あなたの使命を浮き彫りにするための方法がある。
やってみてほしい。

自分への『死刑宣告』です。

あなたが「3か月後に死ぬだろう」と
医者から告げられたと自分に言い聞かせたとする。

明日会社へ出勤しますか?
学校へ登校しますか?
居酒屋でグチ言い合いますか?
成績のために勉強しますか?
単身赴任で海外で働いてますか?
収入を今の2倍にするためにビジネスしてますか?
読み終えるのに10時間するような本を読みますか?

死すらも乗り越えさせようとする原動力となる行動。
その行動の最中である自己を分析した時、虚無がないことに気づく。
我欲がないことにもハッとするだろう。
その時何が我を支配しているのか?

「他者への愛」

つまりそれは『使命=愛ある行動』だと言える。

人が愛を為す時、たちまち虚無は消滅する。

使命を見つけるというのは非常にたやすいことなのだ。

4月 182015
 

私は死は怖くないと言った。
が死にたいと思うこともある。
生きるという修行がこんなにも切なくてつらいものだから、
いっそ逃げ出したい、肉体を脱ぎ捨てて、あの世へと往きたい。
だがその時私は「まだ死にたくないよ!!」と叫んでしまう。
なぜだろう?

「我々誰しも平等に死という約束された運命が待つというのに、
なぜ死にたくないと思うのか?」

「死の先が未知だからか?」(睡眠直前が怖い人いますか?)

※死=無を主張する人には恐怖などないはずだ。無という結論だから。

死にたくないというのはもっと生きていたいという感情であるからして、
『生への渇望』と言っていいだろう。

「ではなぜその生への渇望が湧いてくるのだろうか?」
「精神に内在するどんな力が、生への執着を抱かせるのだろうか?」

内部へと向かうと、
か細い声が聞こえる…

…あなたのために何かをしたいの…もっとみんなとつながりたいの…

我々がこんなにつらくても生きていたいと思うのは、
あなたと私が愛し愛され一つになりたいという思いから来るのだろうか。

であるならば死の恐怖という感情の正体は、
『愛の実践』がまだ足りないという未練から来るものであると私は思わなければいけない。

以上により、死の恐怖を克服する方法は、
愛の実践においてのみと思わず結論を出してしまったが、
私の死に際はどうなることやら。
自信は持てません(笑)

4月 112015
 

両親や近所、学校の仲間、誰でもいい。

「愛されて育つこと」

『愛はエネルギー』

それ無くしては生きる活力が生まれない。

通りを歩いている時は
若い女性をいつも観察しているが(スケベ心はほとんどないよ、誓って)
表情がほとんどないの。
眼に輝きがない。
(ラメ(目の周りのキラキラ)をしているのはそれをボカすためか)
そんな死人のような顔の女性が多い。

今の若い男性は草食系と呼ばれる。
おとなしいだけならまだいいが、
オスの本来持っている暴力性が突如として暴発するのではないかと恐れている。
(「女性を幸せにする」ことにその内なる闘志を燃やしてほしいものだ。頼むぜ)

【愛してくれる人が1人でもいることは素晴らしい】

…待てよ。
俺たちが赤ちゃんだった頃、
誰かが自分のおしめを取り換えたり、乳を飲ませてくれた人が必ずいるはずだよ。
それは実の父母ではないかもしれない。
養護施設の方かもしれない。

あなたが今こうして生きていられるのは
誰かの献心的な愛があったからこそなのだ。
それは絶対に忘れてはいけない。

愛し愛される。

人がこの世において懸命に生きているのも
愛の獲得に必死であるからかもしれないね。

4月 112015
 

夫から妻へ、母から子へ、兄姉から弟妹へ、上司から部下へ、社長から社員へと。

「愛は上の者から注がれなければいけない」

その愛を受けた者が今度はその下の者へと受け継がれていく。

時には冷たい雨や雪がある。
雹や霰や雷さえも降ってくる。

“愛という慈雨”

これを必要とする干からびた大地は多い。

願わくばあなたの愛が乾いた心に潤いを与えられますように。
クリスマスの夜に願いを込めて。

(注:これは2010年12圧24日の記事です)

4月 082015
 

女たちだけではない。
老人や子供たちもだ。
日本全国この叫び声だらけ。
(僕もやっぱり愛されたいな)

物があふれ、衣食住に困らない。
何の不満もないはずだが、何だかさみしい。

どうしてこんなにさみしいのだろう?

愛される(愛された)という経験が足りないからなんだよ。

『愛情不足の人間が他人の幸福を願えるわけがない』
(人の幸せを応援できる人は幸せな人だね)

どうしたら愛されて幸せな人間になれるのだろうか?

恥ずかしがらず“愛”を求めればいいのです。
小さな幸せをかみしめて、“愛”のある人に寄り添えばいいのです。
人間が怖いのなら動植物に接してみて下さい。
かわいいでしょう?

日本が“愛”であふれる国になれるように、
1人でも多くの日本人が幸せを追求してほしい。

最近では喜びを求める心すら捨ててしまう人が多い。
人間ならば幸福追求の権利は誰にでもある。
大いに求めよ。
喜びの希望は愉しいものぞ。

4月 082015
 

『竹取物語』の女主人公、かぐや姫は自分の美貌を鼻にかけ、
言い寄る男5人をたぶらかす“魔女”と言って何であろう。

「私と結婚したくば、アレを持ってこい!!」だって。

アレとはこの世に存在しないとされる貴重な品物だ。
(仏の御石の鉢・蓬莱の玉の枝・火鼠のかわごろも・龍の首の珠・燕の子安貝)

無理難題をふっかけて男心を弄ぶ不届き千万な女、かぐや姫。
救いようがないかもしれない。

「月に逝ったらお仕置きよ!!」と
うさぎの杵にでも打たれなさい!!(笑)

『本当の愛はテストしてはいけない』のです。

そのままの彼をそのままに愛するのです。
神様だって僕らのそのままを受け入れてくれるではありませんか。

『本当の愛は神の愛』

なあ、美貌を謳う女性たちよ、心して聞け!!
40、50歳になっても果たしてそれが通用するかい?
ババアになったらどうするの?
男を魅了できる〈性格美人〉になっておきなさいよ。
苦労するから。
その前に〈性格美人〉って分かるかな?

分からないのだったらもう一度生まれ変わってきなさいな。
ブスになって。

『竹取物語』は日本最古の物語らしい。
作者は不詳だったか。
それにちょっとファンタジー気味です。
(日本人は昔からSF小説が好きなんだね)

日本の小説の始まりでこんな女じゃ、
日本人女性(男の軽薄さも)は
世界一、神の真理から遠い悲しい種族ではないかと思ってしまうよ。

神の真理=魂の意味=生きる目的

それは“心”で追及するものなのだから。(目ではないぞ)