山田 直樹

4月 152017
 

このDVDで江原さんは
スピリチュアリズムの研究が始まる前に
1848年アメリカで初めてポルターガイスト現象が起きたと言う。
その年にはマルクスが共産主義宣言し、
唯物論的思想が萌芽した年でもある。

「霊的なものと物質的なもの」の同時発生。

そしてその年にはアメリカの西の方で
金(ゴールド)が発見されたという歴史もある。
翌年の49年から本格的に「金を求めて西へ行け!!」という運動が盛んになる。
(ちなみにこの49フォーティナイナーズはアメフトのチーム名にもなっている)

ゴールドラッシュのwikiです。

『シンクロニシティ』(共時性・同期性)

もし“私”という存在にも意義を求めるなら、
その“私”を必要としている人間がどこかに必ずいるということかもしれませんね。
(アンチ“私”もいることでしょうが)

“私”というちっぽけな存在という自棄は間違い。

なぜって
世界に蠢いている人間たちの魂のうねりは、
一つの方へと先駆し目がけている。
そこにあなたも私もすべて同期しているからだ。

「目覚めよ」

4月 152017
 

人間はどうしても独りでは成長できない。
誰かの意見・忠告が自分をより良い方向へと導いてくれる。
(本という知識が一番の助言者)

他人の考えをインプットし実際行動して確かめる。
(アウトプットをしないと知識が智恵にならない)

「なぜ人は人の意見を聞かないのか・聞こうとしないのか・聞きたくないのか?」

『自己防衛・保存の法則』でしょう。

「今のままでこうして生きてこられたのだから、このままでいいやん」
「今更俺に新しい挑戦をさせて失敗したらどうする!? もめ事はゴメンだよ」

人間の細胞って毎日少しずつ新陳代謝している。
自分が変わりたくないと思っても
人間1秒1秒ごとに老化していくし、
社会や環境の方も変わっていくのです。
(人間の愚かさは相変わらず変わらないが)

「思考停止」では誰も幸福になれない。
(自分ですら幸せにできない者がどうして人を幸せにできる?)

『神は常に向上を目指す存在』

小なる神である我々も日々向上です。
皆さん、今日という日は昨日の自分への挑戦ですよ。

4月 152017
 

先日クレジットカードを無くしたと思って再発行してもらった。
(その後部屋の中で見つけて、自分にあきれてしまったwww)
手元に届くのに1週間から10日かかると言われて
待っている間に欲しいものがあっても買えない。
下記のサイトでも言うように2枚目があった方がいいですね。

このサイト(現在削除されてます)から引用。

クレジットカードを紛失したら、まず届出を急ぎましょう。
そして再発行の手続きをとります。
クレジットカード紛失の際の処置をアドバイスすると同時に、
万が一に備えて2枚目のカードを持つことをおすすめしています。

クレジットカードの再発行の手続きは、
最近ではどのクレジットカード会社でもスムーズに対応してくれますので、
あわてずに、落ち着いて行動することが大切です。

クレジットカードを再発行する手続きのまえに、
まず、クレジットカードの紛失を届出しなければいけません。

クレジットカードの紛失の届出では
●クレジットカード会社
●最寄の警察
の二ヶ所へしなければいけません。

警察への届出は問題ないと思いますが、
自分のカード会社の緊急連絡先を控えていない人が意外に多いようです。
また、クレジットカード会社の連絡先を控えていても、
カードそのものと同じ場所に入れていては、
同時に紛失していて役に立ちません。

かならず、クレジットカードとは別の場所に保存しておくようにしましょう。

ただ、カード番号は控えておかない方がいいかもしれません。
というのは、クレジットカードの番号だけでも悪用される可能性がありますので。

あなたの個人情報をもとに、カード会社に検索してもらうこともできますので、
クレジットカードの再発行の手続きのためには、
カード会社の緊急連絡先だけは忘れずに記録して手元に持っておきましょう。

クレジットカードの紛失を届出さえすれば、
あとはカード会社の指示にしたがって手続きをすれば、
届出の日から数十日をさかのぼって、
なくしたカードが悪用されても支払いの義務が発生しないような処置がとられるようにできます。
(カード会社によって詳細がことなりますので、
再発行手続きの際に確かめて下さい)


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4月 152017
 

すべての人は心密かにこう思う。

「生まれてこない方がよかったかもしれないね」

持つと持たざるとの『二極化』はすでに始まっている。
この流れは止められない。
なぜならこの世に差別があるのは当然だとしているから。

貧乏人と金持ちとの差は一つ。
「存命の期間」だ。
ただ生き長らえる時間の長さのみ。
(そんなことがどうしてうれしい?)

この世界で生きている人々に希望は少ない。

が解決する方法はまだ残されている。

『すべての人が「幸せになりたい」「幸せにしたい」と願うこと』

内に宿る魂は絶えずメッセージを送り続けている。

「我々の魂は一つなのだ」(本来性)

その声なき声を素直な心で内省することによって
思考が目覚め、波動が巻き起こる。

「世界は愛を渇望する」

救わなければならない。
変えなければ終わってしまう。

あきらめてはいけない。

(そんなことになったら嫌だろ?)

4月 152017
 

日本語の構造から起因しているのかもしれません。

日本語は主語が始めで、述語が最後。
英語や中国語は主語が最初で、動詞がその次に置かれる。

主語と述語が離れている日本語は、
その中間の文が長ければ長いほど主語がおぼろげになってしまう。

逆に英語は主語と動詞が連続しているので分かりやすい。

「なぜ日本人は商品・サービスの価格を最初に言わないのか?」

僕はやはり日本人は「お金儲けは卑しい行為」だとする
通念があるからだと思います。

お金儲けが卑しいならば、
お金を使うことも給料をもらうことも卑しいことになる。

これは学校教育で正しく教えなければいけません。
しかし今の教育システムでは不可能でしょう。
成人してからやっとお金の正しい認識を学ぶようになっていく。

「お金を稼ぐことについて」

セミナーや塾が今年も続々開かれると思います。
皆さんも自己投資として
そうした催しに積極的に参加してみてはいかがでしょうか。

本を読むことが一番安い自己投資ですけどね。

【後記】

お金よりも生き方の哲学の方が重要だと思います。
卑しい生き方は、卑しいお金儲けよりも醜い。
あなたには人様に胸を張れる生き方をして頂きたい。
私もがんばります。

4月 152017
 

青春とは、迷いの多い時期である。
(迷ってこそ人生!!)
心の若さとは、変化に対応できる柔軟性である。
(頭も体もコチコチになるのよ)
by 山田直樹

どう?
結構言い当てていると思うでしょ?
それとも俺って素直じゃないのかな?
以下の言葉・詩を読むと。

↓ビジネスマンのための名言・有名な詩です。

青春とは心の若さである。
信念と希望にあふれ、勇気にみちて、
日に新たな活動を続けるかぎり、
青春は永遠にその人のものである。

by 松下幸之助

「青春 Youth」

青春とは人生のある期間ではなく、
心の持ちかたを言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い 精神は芥(あくた)にある。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、
驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探究心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓(えきてい)が心にある。
人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の
霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、
悲歎の氷にとざされるとき、
20歳であろうと人は老いる。
頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、
80歳であろうと人は青春にして己(や)む。

by サムエル・ウルマン 作山宗久 訳

4月 152017
 

※これは2013年の記事です。

私はいいと思ったものは素直にいいと思う。
誰がしていようがやっていようが、いいものは「いいじゃん」と認める。
(その時全力で嫉妬心を押さえ込む)

俺もただいま36歳で
自分よりも若い人が活躍しているのを見ると
やはり「若造の分際で…」と思うのは否めない。
アカンね、そんな狭い心じゃ。

「いいものはいい」
「いい人はいい」

素直な心が今の自分を美しくしていく。

『小我を大我へ』

日々修行ですね。

【後記】

「我以外皆師」
という言葉もあるそうです。
誰であってもどんなことであっても
いいところを積極的に見つけ出して取り入れようと思う。

4月 152017
 

※これは2013年の記事です。

確かに10年前くらいに(2003年)

・自分のビジネスをしてみたいと思っていた。
(それ以前だったかもしれません)
・金持ちになりたいとは思ってなかった。
(だから今フリーターで低所得なんだ)
・女性の心を理解したいとも思っていた。
(結構分かるようになったよ)
・まともに働ける健康な体を作りたかった。
(これは20歳頃の時。その後改善はできたが、最近は無理できないようになった)

自分の10年後のために明確な目標を持ち、今を生きていく。

俺の今から10年後はどんなかな?
かわいい嫁さんがほしいけど…

自分を必要としてくれる人のために変化させていこうかと思ってます。

【後記】

今2017年ですが
2007年(30歳)の頃はビジネスの勉強をし出した時。
あの頃よりも今の方が断然
ビジネス思考が身に付きました。
次はビジネスを成功させたい(稼ぐ力を身につけたい)

4月 152017
 

下記の記事を読みました。

取り上げられている問題の解決策はありません。
スマホを無くすことはできないからです。

私がリアルショップの経営者に提案するならば、早急に
・「会員制システム」にするか
・ネットショップに切り替えるか
するしかありません。

ベビーシッターは日本人にはあまりなじみがないように思いますが、
僕に子供がいたならば一切利用しません。
信用は何年もかけて築くものですから、
日雇いベビーシッターなんて信用できないからです。
(「三つ子の魂百まで」幼児期の体験は重大ですよ)

監視カメラは至る所にあるのです。
銀行のATMやコンビニは必ずありますし。
慣れるしかないようです。

レストランでの予約をドタキャンする人間は減りません。
「前払いシステム」で対応して下さい。

(以下記事です)

『スマホが人間をダメにする』

ニューズウィーク日本版 2013年2月4日(月)11時22分配信

インターネット時代、スマートフォン時代になって、
我々はいつの間にか、
以前にはなかったような無礼で、
はしたない振る舞いをするようになった。

その1つがいわゆる「ショールーミング」、
小売店をショールームのように利用することだ。
店では商品を見るだけで、
実際の購入は自宅のパソコンなどから
ショッピングサイトにアクセスして行う。

もちろん、これは今に始まったことではないのだが、
問題はそのやりかたが昨今どんどん露骨になってきたということだ。

アマゾン・ドットコムがインターネットで本を売り始めた当初から、
本の中身は店頭の立ち読みで確かめ、
注文は家に帰ってアマゾンでする、という人はいた。
だがその頃は、「本屋さんに悪いな」という気持ちが少しは働いていた。
それでもアマゾンで買ったのは、
安いアマゾン価格を前にして背に腹は代えられなかったからだ。

ところが今は、この「クリック購入」を
本屋の中でもスマホを使ってやるようになった。
はたして、「できるから」といってやってもいいことか。
傍若無人のふるまいと思われるのだが、どうだろう。

こうした行為を決定的に後押ししたのが、
アマゾンが出しているアプリ「プライスチェック」である。
カメラ付きスマートフォンにダウンロードする。
店に気に入った製品があれば、
そのバーコードを写真に撮るだけで
すぐにアマゾンのサイトへ飛び、
その商品のページが表示される。
たいてい、アマゾンの方が安いので、
その場ですぐにクリックして購入という流れになるわけだ。

この手のアプリを出しているのは
アマゾンだけではなく、他にも数々ある。
小売店側から見れば実に迷惑で失礼な話だ。
選りすぐりの品揃えが自慢のセレクトショップがあるとしよう。
客はあれこれ試着したり店員に物を尋ねたりした挙げ句、
スマートフォンを出してシャッターを押してクリック。
そのまま何も買わずに帰ってしまう、
ということも日常茶飯事になっている。

このトレンドが最高潮に達したのは、
昨年の年末商戦だったかもしれない。
どの店でも、客の手にはスマートフォン。
以前なら商品名を記憶だけして自宅でネット検索するなど、
「隠れてやる」という意識があったが今はそれもない。
価格の力学の前にはわずかばかりの礼節も
吹き飛んでしまった感じである。

もう1つ、これもかなり失礼ではないかと思うのが、
インターネットを利用したカメラのモニターだ。
カメラが捉える画像を、
遠い場所からインターネット経由でモニターするもので、
よく子供がいる家庭で使われる。
多くはベビーシッター監視用に使われる。
ベビーシッターと赤ん坊がいる部屋にカメラを設置し、
会社務めをしている母親などが
オフィスから時々チェックするためのものだ。
なかには照明器具や置物にカメラが隠されているものもある。

心配で仕方がない母親の気持ちはわかる。
ベビーシッターによる虐待事件などが起こる中では、
監視したくもなるだろう。
だがこれもベビーシッターの立場に立って考えると、
とてもイヤな話である。
もちろん彼女たちは、
そんなモニターがあることなど知らされていない。
監視されて当たり前と見なされることを、
彼女たちはどう感じるだろう。
隠れてモニターすることは、
ひょっとすると人権にも関わる問題かもしれない。

またレストランへのオンライン予約も
一般に失礼と思われていた時期が、
ほんの短期間だがあったように思う。
それまでは電話で予約を入れて、自分の声と話し方で
「私はこういう者ですが」と
まずこちらの名刺を差し出すようなところがあった。
そこから伝わる人柄のようなものを相手も了解して、
予約を受け付けるという手順を踏んでいた。
だが、オンラインではそうしたやりとりがない。

今では、オンライン予約サイトなしの生活など
考えられないくらい便利で身近な存在になっている。
だが、その便利さを悪用して
予約のドタキャンを繰り返す例がアメリカでは増えている。
アメリカ人には以前から、
何カ所ものレストランを同じ時間に予約しておいて、
その時の気分で実際に行く場所を決めるという
非常識な人がよくいるのだが、
これがオンライン予約になってひどくなっている。
相手と話さず、クリックひとつでできるので、
どんなギリギリのドタキャンも心理的な抵抗がない。

なかには、キャンセルの連絡さえせずにただ現れない、という人も多い。
レストラン側も、防衛のために10分遅れただけで
テーブルを他の客に譲ってしまうことも多い。
とてもドライな関係だ。

ドライで便利であることにも価値はある。
ただ、おいしいものをこれから誰かと一緒に食べに行く
楽しいイベントの序奏の部分が、
まるで電気のスイッチのようにそっけない。
便利さを差し置いて悠長なことなど言っていられないのかもしれないが、
サンフランシスコでも頑固で優秀なレストランの中には、
今でもオンライン予約システムを使っていないところがいくつかある。
これはさすがだ。

もちろん、その他にも失礼なことは数えきれないほどある。
講演会の最中にラップトップやタブレットでメールを見る聴衆。
誰かと食事をしている最中にスマートフォンを操作するなどもはや当たり前だ。
フェイスブックで友達の友達がわかってしまうのも、
以前ならば「相手の交友関係を詮索する」
という失礼な行為にあたったはずなのだが、
今は「ネットワーク」ということで許容されている。

テクノロジーも進化するし、それによってわれわれの認識も変化する。
ショールーミングによって、それに対抗した新しい小売店のビジネスモデルも出始めている。
オンラインでは売ってないものを揃えるというのも、そのひとつだ。

しかし、テクノロジーに身を任せていると
「だって、できるんだもの」ということが、限りなく出てくる。
それにしたがって、失礼な人とそうでない人の見分けもつきにくくなっている。
そんな環境では「これはいいけれども、こちらは止めておこう」といった判断は、
もう自分の価値観を確かめながら自分でやるしかない。

瀧口範子(フリーランス編集者・ジャーナリスト)